51期メンバー 福田楓
【プロフィール】
名前:福田楓(ふくだかえで)
所属:アクション部(東京)
所属期数:51期
誕生日:1月10日
出身地:神奈川県
趣味・特技:水泳/ダンス/実用数学技能検定3級/JCCAベーシックインストラクター/ファーストエイダー/紅茶/野球観戦
【主な出演作】
◆TV◆
2021年:EX『機界戦隊ゼンカイジャー』アクションクルー
◆舞台◆
2021年:板橋文化会館『JAE養成部第51期研修生 卒業公演』出演
【インタビュー】
—–福田さんの幼少期の様子から、教えてください。
福田:私は、3兄妹の末っ子として生まれました。
唯一の女の子ということで、母は可愛らしい服を着せたり音楽を習わせたりしたかったようですが、保育園の時の私はなぜか制服を着るのを嫌がって一人だけ私服登園をしていたり、水泳、テニス、フィギュアスケートを習う活発な女の子でした!
遊びの趣味も兄の影響で男の子寄りになり、小学生の頃は男子と遊ぶことが多かったです。
末っ子ということで可愛がられたのでは?という事を言われるのですが、私の場合は兄二人に虐げられないために強くあろうと思い、我が強い性格が形成されたと思います。(笑)
—–学生時代は、いかがでしたか?
福田:中学ではソフトテニス部に入り、習い事で水泳とスケートも続けていました。
スケートの習い事が毎週日曜の朝にあり、朝ごはんを食べている時に「侍戦隊シンケンジャー」がやっていたので、当時見ていた記憶があります。
小学生のころから「コロコロコミック」や、「週刊少年ジャンプ」などの漫画を読んでいたことからアニメやゲームを好きになり、中学、高校の時はもっぱらアニメ、ゲーム、声優さんなどの話を友達とすることが多かったです。
この頃から演技に興味を持ち、高校では放送部と演劇部に所属していました。
中学の時から野球観戦が好きで、大学時代はスポーツアナリストの勉強をしていました。
社会人野球のアナリストの、アルバイトもしていた経験があります。
—–なぜ、俳優を目指そうと思いましたか?何か、きっかけのようなものはありましたか?
福田:中学、高校生の時に声優に興味を持つようになってから、将来は声優になってみたいという気持ちが芽生え、少しずつですが演技の勉強をするようになりました。
その過程で舞台や映画を見るうちに、「将来は役者になる」という目標ができたと思います。
ただ演技をするには自分の表現の引き出しが少なく、大学生の時には一度演技から離れてダンスを始めました。
ダンスイベントやバックダンサーをする中で、自分の表現や自分をアピールすることを身につけようと考えていました。
—–演技を学ぶために、専門学校へ通われていましたよね?
福田:本格的に演技の勉強をしたいと思い、日本ナレーション演技研究所やワタナベエンターテインメントカレッジに通いました。
学校で演技を勉強していく中で、自分よりも演技が上手な人が沢山いらっしゃる事というのを実感しました。
そこで演技力に加え、何か別の強みを持ちたいと思い、考えた末にアクションに注目しました。
当時の私は、どちらかと言えば芝居の中で動くのが苦手だったのですが、自分がやってきたスポーツの動きや部活動の時の気持ちを演技に取り入れられると思い、ワタナベ主催のデビューオーディションではテニスの動きを取り入れてみたり、観ている方々にアクティブなイメージを持っていただけるような演目を行いました。
結果、ワタナベの養成所経由でJAE関係者の方との面接の機会を得ることができました。
—–デビューオーディションは、どんな形で実施されたのでしょうか?
福田:200社近い芸能関係の事務所の方が見ている前で、1人1分の持ち時間で芝居を披露しました。
私を含め、総勢170人が順番にアピールしていく形式でした。
オーディションでは、とにかく自分の魅力を出せるような演目を準備することに神経をすり減らしました。
後日、JAEとの面接は、西本副社長様と蒲原常務様と行いました。
その面接で伝えられたのは、「オーディションや履歴書を見て、スポーツや運動に興味がある貴方に面接を申し込んだ。」事と、「JAEの養成部でアクションを本格的に勉強できる。」等の説明です。
当時の私は、「SP」というドラマに出ていた真木よう子さんに憧れを持っていたことや、大好きなメサイアという舞台のアクションをJAEが担当しているということもあり、JAE養成部への入所を決めました。
一般的なJAE養成部のオーディションは、指定の期日までに願書を送って、JAE養成所で関係者や他のオーディション受験者達の前で面接や演技、特技の披露などを行って合否判定をいただく流れです。
私の場合は、当時通っていたワタナベエンターテインメントカレッジでのデビューオーディションの結果が、JAE養成部に入所するきっかけとなりました。
—–JAE養成部では、イメージしていたようなアクションは学べましたか?どんな養成部生活でしたか?
福田:養成部での1年はシンプルにしんどかったです。
全てのカリキュラムで全く自分の得意なものがなく、エンドレス病み期でした!(笑)
演技の授業が一番楽しかったです。
初めてのマットの授業では倒立をすることになりました。
コーチの「みんな人生で一度は逆立ちしたことあると思うけど?」という言葉で授業が始まりましたが、それまでの人生で一度も逆立ちしたことない私は、「やばい所に来た」と思いました。
逆立ちって人生の通過儀礼だったんでしょうか?(笑)
他の同期に比べたら牛歩かもしれませんが、授業を重ねるごとに少しずつ出来ることが増えたり上達を感じることができました。
自主練に付き合ってくれた同期のおかげもあり、困難を乗り越える事ができました。
51期はとても仲が良いらしく、本当に同期がいなければ一年の授業を続けられなかったと思います。
—–コーチや講師から言われた事で、印象に残っている言葉はありますか?
福田:一番印象に残っている言葉は、時代殺陣の最後の授業で講師の辻本さんに、「福田が頑張ってるのはわかっているが、現場はそれだけでは通用しない!」と言われたことです。
ありがたくも厳しいお言葉ではありますが、「下手くそ故に、自分は講師の方から関心を持たれていないだろう?」と勝手に思い込んでいましたので、それまでの自分の取り組みや上達をちゃんと見守ってくれた人がいることを理解し、嬉しくて泣きそうになりました。
—–これからの目標など、教えていただけますか?
福田:まだまだ技術が足りないので、少しずつ現場で学び、いつかアクションを披露するチャンスをつかみたいと思います。
また、好きな脚本家さんの舞台に出演することと、俳優として映画に出ることが目標です。
表現を学ぶためにダンスをやってきたので、好きなダンスを活かした仕事もいずれはしたいと思っています。
これまでも地道に歩みを進めてきたので、我慢強く目標に向かって少しずつ精進していこうと考えます。
ありがとうございました!