石黒鉄二 くじけても何度でも立ち上がる!
【プロフィール】
名前 石黒 鉄二(いしくろてつじ)
所属 アクション部(東京)
所属期数 48期
誕生日 9月10日
出身地 秋田県
趣味・特技 WEBサイト制作
【主な出演作】
◆映画◆
2019年:松竹『HIGH&LOW THE WORST』アクションクルー
◆TV◆
2020年:EX『仮面ライダーセイバー』アクションクルー
2020年:EX『魔進戦隊キラメイジャー』アクションクルー
2019年:EX『仮面ライダーゼロワン』アクションクルー
2019年︓EX『相棒 season 18』会社員 浜崎洋平役
2019年:EX『騎士竜戦隊リュウソウジャー』アクションクルー
2018年:EX『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』アクションクルー
2018年:EX『仮面ライダージオウ』アクションクルー
2017年:EX『仮面ライダービルド』アクションクルー
2018年:EX『MUSIC STATION ウルトラFES2018』騎士役
◆舞台◆
2019年:シアターGロッソ他『ミュージカル「忍たま乱太郎」第10弾~これぞ忍者の大運動会だ~』ドクタケ忍者隊 肆役
2018年:板橋文化会館『JAE48期卒業公演』研修生D役
【インタビュー内容】
—–ミュージカル「忍たま乱太郎」第11弾~忍たま 恐怖のきもだめし~にドクタケ忍者隊の「ドクタケ忍者隊 肆(よん)」役として出演されている、石黒鉄二さんのインタビューです。
前作に続いて2回目のご出演となりましたが、意気込みをお聞かせください。
石黒:今作でも前作に引き続き、「ドクタケ忍者隊 肆(よん)」役として出演しています。
このシリーズではドクタケ忍者隊の一員として、歌、ダンス、芝居、アクションの全てをやらせていただける、すごく貴重な現場だと思っています。
前作の10弾は僕の初めての舞台だったので、初回の公演は出だしの失敗を引きずり控室に戻れないくらい緊張していましたが、先輩方の支えでなんとか乗り越える事ができました。
この現場では、芝居とアクションについて考える良い機会になっています。また、共演していた同期とも会話や練習を交わしながら絆も深まりました。
今回の11弾は、稽古の時からぐっときてしまう感動的なシーンも多くて、早くお客様にお届けしたい気持ちでいっぱいでした。前回とは違った味のある、面白いドクタケ忍者隊をご覧いただけます︕
是非、ご期待ください!
—–それでは、石黒さんの自己紹介をお願いします。
石黒:小さい頃は、落ち着きのない子供でした。
3歳の時には、一人で三輪車に乗って友達の家に遊びに行こうとして、親を慌てさせた事がありました。
幼稚園の頃には、三輪車でお兄ちゃんと競争していて、曲がり切れずに止まれなくて、田んぼに落ちた事もあります。(笑)
活発で、冒険心旺盛な子供でしたね。
小学生の時は、サッカーとバスケットをやっていました。
体を動かすのは好きでしたが、ボールや道具を思い通りに動かすのが苦手で、球技は上手くいかなかったです。
中学生から陸上競技を始めて、100m走と走り幅跳びをやっていました。
成績は、県で6位くらい。陸上部では、主将をやっていました。
小中高校生で、ボーイスカウトをやっていました。
慈善活動やサバイバル訓練、サイクリングなど、集団行動を培ったり応急処置を身に着けたり、という活動をしていました。
ボーイスカウトでは、最上位の「菊スカウト賞」をいただくまでに、活動に打ち込んでいました。
中学卒業後は高専に進学して、電気情報システム課に入学。
発電機の構造の勉強や、パソコンのプログラミングの勉強をしていました。
—–演劇の世界や、俳優を目指そうとしたきっかけについて教えてください。
石黒:高専時代にニコニコ動画が流行り始めて、僕もダンス動画をアップしていました。
そのつながりで知り合った知人と、秋田でローカルヒーローを立ち上げました。
名前は「ビートファイターAce(エース)」と言います。
活動では、ただ単にヒーローショーをやるだけでなく、ダンスパフォーマンスも披露していました。
この活動を通して、ステージに立つ楽しさを知りました。
この体験が、後に俳優を目指そうと思った、原点、きっかけだと思います。
当時、TV番組でスーツアクターの特集をやっていて、そこに高岩成二さんが出演されていて、俳優+スタントマンのような仕事が世の中にある事を知りました。
同時に、ローカルヒーローの活動を通したステージ経験も手伝い、一気に俳優への関心が湧きました。
そして将来、俳優を目指すならJAEでと心に決めました。
高専在学中に興味が俳優に向いてしまったので、高専を中退し情報関係の専門学校へ進路変更しました。
専門学校卒業後はWEBサイトの制作会社に就職し貯金しながら、本来の夢である俳優を目指しました。
同時に、ローカルヒーローの活動も続けていました。
就職して1年後、自分の中で俳優を目指す準備が整ったと思ったので、親に相談しJAE養成部のオーディションに応募しました。
—–オーディションに向けて、何か準備された事はありましたか?
石黒:オーディション前は、ランニングやストレッチで基礎体力と柔軟性を鍛えていました。
養成部の書類審査を通過した時、初めてローカルヒーローの仲間と、会社の人に合格したら辞める事になると伝えました。
ローカルヒーローの仲間は、前から僕の夢を知ってくれていたので、喜んでくれました。
会社の人も、送別会で気持ちよく送り出してくれました。
—–養成所での様子を教えて下さい。
石黒:養成所での最初の2カ月間くらいは、人生初の辛さで体に負荷がかかりました。
特に夏の合宿での3日間がとても辛くて、その中でも筋トレの時間が苦しかったです。
腕が痺れて、腕の感覚が無くなるくらいやりました。
倒立の時には、左手が全く動かなくなるくらい厳しいもので、自分の未熟さを痛感しました。
そのほか、ワイヤーアクション、落下を体験して、3日間でしたが達成感がすごかったです。
普段の稽古ではマット運動と時代殺陣には苦労しました。
マット運動では、体の使い方がわからず、体を思い通りに動かすという事が出来なくて、人の2,3倍時間がかかりました。
なにかモノ(武器)を持って扱うという事が苦手で、なかなか講師から言われたことを実践できなくて苦労しました。
指導されたことに対して、どのように表現すべきか分からず、考え込んでしまう事も多かったです。
現代殺陣では、「当てに行く」のではなく、「殺しに行く」芝居をする・・・、というニュアンスが、自分の中で消化しきれず迷っていました。
—–初仕事から、現在のお仕事の様子について教えて下さい。
石黒:初仕事は、「仮面ライダービルド」の撮影現場でした。
先輩出演者の面、スーツの着付け補助や、撮影のお手伝いからでした。
当時は本当になにも分からず現場に出ていてので、怒られ、アドバイスいただきながら、1日1日を必死に過ごしていました。
1年目の後半になってくると、同期の間で色々と差が出てきて、比較もされはじめるので悔しい思いをする事が多かったですね。
時々、現場の帰りに悔し涙を流しながら自転車をこいで帰宅していました。
そんな時に、先輩からアドバイスをもらいました。
「1週間、朝から晩まで仕事の事だけ考えて生活してみたら。」
「遊び、友人関係、すべて拭い去って、仕事の事だけに集中してみなさい!」とアドバイスをいただきました。
はじめは言われた意味が理解できませんでしたが、試しに言われた通りに実践してみました。
すると、今まで自分が気づかなかった先輩の動きや、現場の動きが変化するタイミングが分かるようになりました。
監督や助監督の会話や動きに合わせて自分の仕事を進めるなど、先先の動きが少しづつ読めるようになり、現場での自分の視界が広がる感触を得ました。
自分に雑念が多すぎたことに気づきましたね。
それに気づいてからは、少しづつですが仕事に取り組む余裕ができて、毎日撮影現場に通うのが楽しくなってきました。
—–これからの目標や抱負などお聞かせください。
石黒:先輩や周りの人から入ってくる意見は、すべて今の自分に足りないものだという事を理解すること、自覚すること。
お仕事を続ける上で、その足りない部分を埋める事、トラアンドエラーを繰り返す事によって、俳優としての表現力の向上や周りからの信頼の感獲につながると思います。
決して諦めない事。
挫けそうになっても、何度でも立ち上がる事を心掛けていきたいと思います。