51期メンバー 齋藤和輝


【プロフィール】
名前:齋藤和輝(さいとうかずき)
所属:アクション部(東京)
所属期数:51期
誕生日:1月12日
出身地:青森県
趣味・特技:スキューバダイビングCカード/バスケットボール/手品/筋トレ/映画鑑賞/読書/動画編集/日記


【主な出演作】

◆TV◆
2021年:『仮面ライダーセイバー』アクションクルー
2021年:『機界戦隊ゼンカイジャー』アクションクルー

◆舞台◆
2021年:板橋文化会館『JAE養成部第51期研修生 卒業公演』出演


【インタビュー】

—–短大を卒業後、サラリーマン経験を経て俳優としてデビューされた、齋藤和輝さんのインタビューです。
無事に就職をされて、「さぁ!社会人としてのスタートは始まったばかり!」、というタイミングであったっと思いますが、なぜ俳優を目指そうと思われたのでしょうか?

 

齋藤:短大卒業後、青森県から上京して神奈川県でサラリーマンをしていましたが、自分の気持ちがいつも不完全燃焼しているように感じていました。
このままでいいのか?って、自問自答する事も多くて。(笑)
そして、「今の仕事を辞めるとしたら、自分は何がしたいのか?何をやり遂げて人生を終えたいのか?」と改めて考えつくした結果、『テレビに出て有名になりたい』という結論に至りました。

 

—–その当時、齋藤さんの出された結論に、周りにいた方々もずいぶん驚かれたのではないですか?

 

齋藤:職場の上司、家族、友達の中には反対する人もいました。
ですが、一度しかない私の人生なので、周りからの反対意見には動じませんでした。
アドバイスはありがたいですが、最終的に他人は私の人生に対して責任を取ってくれません。
私が相談していた相手は全員、アクション俳優やテレビタレントではない人たちです。
反対するのも無理はありません、人は理解できないものに拒否反応を示すものです。

当時は、求めてもいないアドバイスを言われたり、応援してもらえない時は確かにネガティブな気持ちになりましたが、せめて自分だけは自分の味方でいようと思って、会社を辞めてJAE養成部のオーディションを受験しようと決心しました。
私は今まで生きてきて初めて、自分の人生を賭けて叶えたい夢を持ってしまいました。
自分がどんな人間になりたいのか?どんな人生を歩みたいのか?決めたのは私です。
私は私の幸せのために生きています。

 

—–齋藤さんが会社を辞め、なぜ「テレビに出て有名になりたい!」と結論を出し、俳優の道に進まれたのか?
少し、幼少期の頃から順を追って、ひも解いていきたいと思います。
まずは、幼少期はどんなお子さんでしたか?

 

齋藤:小学校より前の記憶があまりなくて、家族に聞きました。(笑)
幼少期は、何にでも興味を持ち沢山質問する子だったそうです。
「このお花はなに?これはなんて言うの?」と、とにかく質問攻めの毎日だったそうです。
外で遊ぶよりも、室内で積み木したりパズルしたり、1人で黙々と遊び続ける子供でした。

 

—–小学生の時は、いかがでしたか?

齋藤:小学校6年間は、そろばんに捧げました。
祖母の勧めで何となく入ったそろばん教室に、平日祝日問わず通い詰めてました。
自分でも、何であんなに続けられたのか未だに不思議です。
地元で定期的に開催されていたそろばん大会では、トロフィーや盾を毎回貰ってました。
でも一度だけトロフィーを取り損ねた時があって、その時の感覚は今でも鮮明に覚えています。

通っていたそろばん教室では、別の学校から通っている同い年の女の子がいて、その子も毎回表彰される程の実力者でした。
ある時、そろばん大会の決勝でその子と1対1になり、同じ長テーブルの右に私、左にその子が座って、競技に臨む事がありました。

その時の私は、『これで勝てば1位だ…そしたらあの金ピカのデカいトロフィーが貰えるッ…‼️』と思い、まだ大会経験も浅かったので緊張とプレッシャーで心臓鳴りまくり手汗もかきまくりでした。
試験管の『用意…はじめ!』の合図で、決勝がはじまりました。

一般的には左手でそろばんを押さえて、右手で珠をはじきます。
一問計算し終わるまで左は押さえっぱなし、右ははじきっぱなしです、私もこのベーシックスタイルでした。
ところが、彼女は両手で珠をはじく、高等テクニックを使っていたのです。
私が計算に使うのは右手のみ、彼女は両手・・・。
当然彼女の方が解き始めも解き終わりも速い!
彼女の驚異的な計算スピードを見てしまった私は完全に戦意喪失し、『あ…勝てない…』心の中で負けを認めてしまい一問も解けませんでした。
まるで金縛りのように、意識はあるけど指先ひとつも動きませんでした。
あの時の3分は、とてつもなく長かったです。
私にとって、小学生で「どんな世界にも、上には上がいる。」事を知り、挫折を味わう事が出来たのは、その後の人生でも大きな教訓になっています。

 

—–中学、高校時代はいかがでしたか?

 

齋藤:中学、高校では、バスケットボール部に所属しました。
「NBA選手になりたい!!」といった明確な目標があったわけではなく、仲の良い友達に誘われたのがきっかけで入部しました。
練習で吐きそうになるくらい走らされたり、何回も突き指したり、色々大変でしたけど楽しかったです。
万年ベンチスタートであまり試合には出れませんでした。
座ると眠くなってしまうので、チームメイトがコートで戦っている時、私はベンチで睡魔と戦っていました!(笑)

中学2年の時は、女の子にモテたくて手品をはじめました。
YouTubeで、初心者向けの簡単なトランプマジックの解説動画を見つけ、部活終わりでクタクタになりながらも毎晩必死で練習して、「よっしゃ!これで完璧!!明日からモテモテや!!!」と。(笑)
お昼休みに満を持して、とりあえず隣に座っていた女の子に披露しました。
結果は大成功!
その子は廊下に響き渡るぐらい、歓喜の声を上げてくれました。それを聞きつけ同じ教室の子はもちろん、隣の教室の子、先生まで見に来てくれました。
「え〜めっちゃすごい!もっとやって!!他のマジックはあるの!?」
こんなにみんなが喜んでくれるなんて思ってもみませんでした。

人を感動させる楽しさに、魅了された瞬間でした。

彼女はできませんでしたが(笑)、そこから手品にハマり今でも腕は磨き続けています。

 

—–なるほど!
中学生の時に手品を通して「人を感動させる楽しさ」に目覚め、その気持ちが高校から社会人になっても冷めることなく、逆に大きくなり、一度は会社員に落ち着いたものの自分の本心を見直して、様々な選択肢がある中から俳優の道を選んだわけですね。
俳優への第一歩となる、JAE養成部のオーディション受験に関して、なにか思い出に残っているエピソードはありますか?

齋藤:オーディションは、2020年3/14(土)でした。
受験前から合格する事しか考えていませんでしたので、カレンダーには「オーディション合格」と書きました。
オーディションに向けて準備した事は、以前から継続していた筋トレ以外、特に新しく始めた事はありませんでした。
試験当日は2人1組ずつ呼ばれて、私は同期の天野レイチェルと一緒に呼ばれました。

スタッフから、「簡単な運動をしていただくので、こちらでストレッチなどしてお待ち下さい。」と言われた時、隣にいた天野がストレッチを始めた姿を見て、彼女の体の柔らかさに驚愕しました!
「やばい!俺、超負けてる!!」と思い、内心すごく焦りました。
あと出身地を答える時に、彼女がハワイ出身と聞いて・・・、
「マジか!俺、距離でも負けた」と、実は勝手に1人でツッコんで盛り上がってました。(笑)

会社を退職後は実家に戻りアルバイトで資金を貯めつつ、ずっとやっていた筋トレの継続と、養成所で木刀振るのは知ってたので、毎日素振りをしていました。
合格が決まれば実家を離れる事になるので、家族との時間を意識的に楽しんで過ごしました。
その後、合格したわけですが、今は母の手作り餃子の味が恋しいです。(笑)

 

—–養成部時代の思い出、エピソードなど教えてください。

 

齋藤:51期は最初25人もいて、稽古スペースが狭くなるので20人くらい辞めてくれないかなぁ~と、毎日思ってました。(笑)
養成所では、演技やアクション、スタントの授業のほかにも、挨拶、言葉遣い、礼儀正しさ、気遣い等、精神教育面も厳しく指導されました。
「そんな細かいとこまで注意するんですか ?」と思う事もありましたが、バイト先などで「齋藤くんは若いのに腰が低いし、凄く礼儀正しいね。」と褒められる機会が多く、日常生活にも生かせるスキルが身に付いていたと実感し、とても嬉しかったです。
でも、前期の終わりにコーチから渡された成績表の「言葉遣い」の点数は、10点満点中6点と低めでした。(笑)
バイト先では褒められるレベルでも、上には上があると自分を戒めました。

1年間でバク転ができるようになったのは、自分でも驚きました。
美しさはまだまだですが、全くできない状態から、コンクリートの上でも恐怖心なくできるレベルまで成長できました。
コーチの鋭く的確なアドバイスと、自主練に付き合ってくれた同期のお陰です。
毎月のバイト代は、生活費と授業料に全て消えるので大変でしたが、とても充実した楽しい日々でした。
会社員を辞める決断をして、この道に進んで本当に良かったです。

 

Q6:今後の抱負、目標を思いきり語ってください。

 

齋藤:私は、世界一のアクション俳優になります。
尊敬するイギリスのアクション俳優、ジェイソン・ステイサムと映画で共演し、レッドカーペットを歩き、アカデミー主演男優賞にノミネートします!


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